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ムクロジ木器

Shohei  Tsuji

Rを削り出す男

独立のキッカケ

奈良出身なんですけど、

父親が転勤族で、奈良 名古屋 大阪 奈良 兵庫 福岡って感じでずっと転校ばっかりしてましたね。

 

だから、子供が出来たら、田舎っていうのを作ってやりたいなぁと思ってて。

例えば、親子3代が友達になれるとかも有るかも知れないじゃないですか。

ここが地元って呼べる場所を作ってやりたいなぁと思って。そうするともう独立しかないのかなーと思いました。

会社勤めだといつ転勤になるかも分からないですから。

 

独立を決意して、会社に辞める事を言ったあと妻に子供が出来たって分かったんです。普通は独立を諦めたりするんでしょうけど「ちょうど良かった」と思いました。

 

今、生まれて来てくれたら「ホント良いタイミングよ。俺も頑張るしか無いないもん。」って。

 

だから俺、妻が、お腹大きい時に、会社辞めて職業訓練校の学生になったんですよ。

 

片道2時間半、往復5時間の場所の訓練校に通ってたんですけど。下関から。

けど、ガソリン代とか入れても、一人暮らしするよりは安いって事は分かってたから、

その時は必死でしたね。下関に帰って来てから、機械探したり、物件探したり。

 

よくバイトとかはしないで、木工だけで食うとか聞くけど、

俺はバイトでも、どんな仕事をしてでも絶対に妻と娘だけは食わしていくって思ってましたね。

 

木工人生の始まり

・師匠は居るんですか?

 

師匠とは、学生の時に沢山あったインターンシップ先の中で唯一惹かれた木工所に行った時に出会いました。

そこでドップリはまったんです。

 

「回転体」を削るって作業、くるくる廻ってるものに刃物を当てて「シュー」ってかんなくずが出る感じ。見ててすっごい気持ちええなと思って。

「これやりたいわ。」と思ったけど、最初全然やらせて貰えなくて。

最終的に、その企業研修期間ではやらして貰えなかったんです。でも、インターシップ終わった後もずっと通い詰めましたね。

 将来木の器をつくる木工所をしたいってこのときに決めました。

 

・その工房には就職しなかったの?

 

学校を出てから木工房への弟子入りということも考えたんですけど、教授からのアドバイスもあって、一度、企業に就職してからでも遅くないと思いだしました。学校を卒業後すぐに弟子入りしても、もっと早くから、たとえば中学出てからすぐとか高校出てからとか。

早く木工をはじめてる方に技術的な部分では絶対すぐに勝てるわけないです。

でもその人達が勉強してない事を僕がやれば良いんじゃないかなーと漠然と思ってました。

 

なんか、同じ木工やるんでも、遅く始める事に依って、技術的には早く始めた人よりは遅いけど、そういう人達が勉強しない事を僕がやれば良いんじゃないかなと思って。

 

福岡で木工関係に就職するならやっぱり大川市です。大川にいくんだったら絶対一番盛り上がってて面白そうな企業に入社しようと思ってました。

僕らの就職活動時期はちょうど就職氷河期で、普通にネットを使って就職活動しててもだめだと思って直接、会社の人事部に電話しました。でも残念ながら、「翌々年の四月入社の選考が終わりました」って言われて。

え、ウソでしょと思ったんですけど、とっさに『僕、御社じゃないと就職したくないと思っております』って食い下がりました(笑)

 

そこから、押して押して、必死に食らいついて、最終面接からのスタートをさせて貰って、何とか一番入りたかった企業への入社に漕ぎ着けました。

 

そこはけっこう体育会系のノリの会社で、五年営業で勤めたんですけど、最後の二年は必ず売上目標は達成してましたね。なんというか、昭和の熱血サラリーマンみたいなタイプでしたね(笑)

 

そこで学生気分で甘い考えだった新入社員の自分を営業マンに育ててくれた上司や社長にはほんとに今でも感謝しています。そこで培ったものは、今でも色々と役に立ってます。

 

基本的に、その場で、出来ないとは言わない。

打開策を必ず提案する。とかですかね。

“木に近い”暮らし

・独立する時に福岡でとは考えなかったんですか?

 

奥さんの実家のお寺の下の家が空いてたっていうのもあったんですけど、

福岡でやったら、周りに知り合いが多いからその人達と比べちゃって凹んだり、張り合ったりしたくないなというのがあって。

 

福岡には毎年クラフトフェアがある地域もあるし、器を作る人の多い産地と呼ばれるところもあります。そんないいとこでやりたくないのは、変かも知れないけど、団体行動が苦手っていうのもあって(笑)

 

大川はやっぱり資材屋さんが沢山あったりとかしたんで、

大川で独立ってのも候補にあったんですけど、海外の木や別の県のいい木をとりあつかってるところが多かったかも。

 

でも下関だと地元の木を使える。

生えてたトコロを知ってます。この丸太も。

そういう木を使えるっていうのは、ありがたい事です。

下関って国有林じゃなくて、個人の山が多いんです。だから、地元のおいちゃんが「この木は伐ってもいいよー」

とかいう話もあったりします(笑)

 

 

自分で伐った木を、丸太のままを製材所に持って行って、材料にして貰って。そういうのが性に合ってると思う。

 

例えば、この丸太も直径六十センチくらいで長さ一メートルだけど、これ一人でどうやって運ぶかっていうのも、地元の山師さんに教えて貰って。

これこうやったら、一人で運べろうがって。

 

自分で小型クレーン車の免許も取ったし、何もないからこそ自分でしなきゃいけないから、自分なりに方法を考えるじゃないですか。教えて貰ったり。

そういうのは、ホント良かったなと。

 

福岡に居たら、丸太を運んだりもしないだろうし、チェンソーも使ってないと思う。

 

材料として、製材された材を資材屋さんから仕入れて作品を作るのと、生えてた時から知っている木を使って、そこから作品を生み出すのとでは、やっぱり、色んな事が全く違うと思う。

伸びやかなR

・“ろくろ”を使いこなすのはかなり難しいんですか?

 

そうですね。

馴れないとちょっと難しいですね。独特の技術なんで。

 

刃物の当て方が特に難しい。

コンマ何ミリかで当てていくんですけど、それを一気に当てていっちゃうと、材料にガッと食いついてしまって、それが顔に飛んでくる(笑)

 

 

・どうして“ろくろ”で器を創りたいと思ったんですか?

 

刃物でアール(器の曲線)をつけると、やっぱり刃物のアールって分かるんですよ。

伸びやかなアールを創りたいと思って、そういう事が可能な刃物を発注するとなると、もの凄い莫大な金額が掛かってしまいます。

 

逆に、“ろくろ”は、型を当てながら自由に削れるんで、色んな形が作れる。っていう所が利点やと思うんですよね。

自由に引けるアールだと伸びやかな曲線になるんです。

そういう所が気に入ってます。

 

下絵はパソコンで作りますけど、後は、現場で合わせていく感じですね。

でも全然、紙と違いますね。実際物に上がってきたら。立体だと。

 

置いてみたときに、影がすーっと出来てそれが浮いてる様に見えたり

ちょっと浮遊感があるなみたいな。

 

それで、やっぱり物が上がったら、必ずライト当てて

どこが良いかっていうのを見ますね。

 

 

 

とにかく器が好き

器をメインでやっていく楽しさってあるとおもいます。

 

器が好きな理由は実は、こう見えて、食べることが好きなんです。

ばれてますよね(笑)

 

帰ったら、妻が自分の作った器で、ご飯をついでくれて、っていう楽しさはありますねー。

 

あと、自分で作った器で、お客様をもてなしたりとか、テーブルコーディネートしたりとかが楽しいと思うんです。

 

もともと、夫婦で器が好きで、引越の時に数えたら作家物のカップだけで五十個近くありました。

 

お皿やら、何やら含めたらスゴイ量で、陶器も含めたら、一緒に住みだす時の引っ越しでは、なんとダンボール十一個分(笑)

 

 

・奥さんと一緒には仕事しないんですか?

 

デザインに関しては、全面的に信頼してるから、意見を聞いたりしますし、将来的には小売りで店頭に立って貰う様な事も含めて、一緒に出来るのも良いかなと思ってますね。

 

・今後の目標は?

 

おなかがすく器をつくりたい。

料理が盛ってある姿が想像出来るようなね。

 

あと山口県産木や下関の木をブランディングしていきたいですね。

下関ってやっぱり海やフグのイメージが強いけど、いい木もいっぱいあるんですよー。

今後自分のつくる木の器を通して山口県産木の良さを伝えられるような活動が出来たらたらいいなーと思っています。

 

[Interviewer]Tsugu

[Photo&Editor]YASUMURO

【ムクロジ木器】

 代表 辻  翔平

 Facebook:https://www.facebook.com/mukuroji.mokki

 ADDRESS:山口県下関市豊田町杢路子2643

         狗留孫山修禅寺内

 TEL:083-768-0486