f

calm

Yuuki  Sakamto

常に自分に問い

自分の内なる声に従う

高校卒業後は、2年間

プーみたいな感じでした

工業高校の建築科を出て、彦島の鉄工所に就職して、3日で辞めました。

理由ですか?朝のラジオ体操が嫌で(笑)

 

勿論、親には言えなくて、友達と2年間くらいパチスロずっとして生計を立ててました。

あの時が、1番稼いだかも知れないです(笑)

でもこれじゃあ、流石にいかんと思って、パチスロやめました。ハタチ前に。

 

で、彦島の会社で半年間働きながら、「何がしたいのか?」って考えてました。ずっと。

 

それで、インテリアが好きだったので、福岡のインテリアの専門学校に行く事にしました。

2年制の学校だったんですけど、でも最初の1年で、「これ、違う!」って思ったんですよ。

 

【早っ!】

 

学校では内装を勉強してたんですが、勉強とは別に

ホームセンターの作業場を借りて、趣味で、ベットとかを作ってたんで、壁紙とか決めるとかより、こっちの方が好きなんじゃないかと段々思う様になって、

「自分は、家具作りたいのか?」と思い始めてきたんです。

 

その時、21歳だったんですけど、山口でアートクラフトって言うクラフトフェアが有ったんですよね。

そこで、家具作ってる人に話聞いたりしている内に、段々「家具を作りたい」って思いが、確信に変わっていきました。

でもどうやったら、家具を作れる様になるのかが全然分からなかったんです。

分かれ道と迷う日々

22歳の頃だから、10年位前ですけど、福岡の糸島に、作家とか多かったから、自分が好きな家具を作る作家さん(将来的には、師匠になる人)の工房に行って色々聞いたんです。そしたら長野県の上松技術専門校が凄くレベルが高いって、そこにで勉強したら良いんじゃないかって言われて。

 

上松技術専門校の話は聞いたけど、若いからそこまでの決心がつかなくて。取り敢えず、地元戻って、造園会社で働きました。造園だったら、木が出るからそれで家具を作ろうと。

 

ここ(今の工房)は、当時、祖母が物置として使ってたんです。でもその当時は電気も引いてなかったから、車の電気引くヤツで、工具とかの電気を引いて、カフェの什器*を一式作りました。

 

【話貰って、いきなり?】

はい。素人ながら(笑)

細江のマーブル食堂って言うカフェの什器を作ったんです。

それで、全然自分の納得のいくものが出来なかったので、独学の限界を感じて、長野行こうと決心したんです。

で、試験受けたら、受かったんで長野行きました。

そこからですねちゃんと勉強したのは。

 

その時で、25歳位ですね。そこは1年間。

職業訓練校ですね。

寮制で、全国から集まって来きます。

平均したら26歳位。中には、60歳位の人も居ますけど。

 

で、卒業後はどうするかって考えて、

糸島の師匠の家具が好きだから、学校の夏休みの時に、糸島のクラフトフェアに出店していた師匠の所に、直接、履歴書持って行って、「給料要りませんから、雇って下さい」って頼んだんです。

その時は、ちょっと考えさせてくれと言われまして、(当時は弟子もを取ってなかったみたいです)2ヶ月位経ってから、連絡がありました。

「ホントにやる気があるなら、ウチに来なさい」って言って頂いて、凄くやる気満々になって、後は卒業を待つばかりだったんですが、卒業する1ヶ月くらい前に、師匠から電話が掛かって来て、「病気になって、仕事が出来ないからちょっと待ってくれ」て言われて(苦笑)

 

卒業も間近だったのでどうしようか、と悩んだんですが、

就職先無いのも困るんで、ちょっと遠くに行ってみようと思って、仙台の工房に面接行って、受かったんです。

 

什器*=店舗に作り付けの備品など

それで、卒業式も終わったので、仙台に行こうと思ってたら、また師匠から電話が有ったんですよ。

 

「どうなってるか分からないけど、来る気が有るなら来ても良いよ」って(笑)

体調が良くなってきたみたいで。

それで、仙台の方をお断りして、糸島の師匠の所へ就職しました。

 

師匠の所での修行は2年間位です。

でも、小物から大きい家具まで全部作らせて貰えたので、

本当に勉強になりましたし、感謝しています。

 

当時、給料は5万円でした。食費と家賃を払ったら赤字でしたね。

 

1年程経って、これでは生活出来ないなと思って、師匠に、友達が造園やってるから、半月はそっちで働かせてくれないかとお願いして、下関で半月、糸島で半月という生活を半年くらい続けました。休み無しで。

でも、やはり、師匠の方も半月単位では、という感じになり、工房は辞めました。

 

まだ独立するのも不安でしたから、

食えなくて厳しいって言われてる業界なんですよね。

そういうの聞いてたから、凄く不安で、取り敢えず就職して、もう少し様子を見ようと思って、古賀にある家具を作ってる会社の面接受けて、受かったんです。

でも、受かった途端、「どうしよう、これで良いんか?」と、めっちゃモヤモヤし始めたんです。

 

その会社は無垢じゃない木を使った家具も作ってたから、

今まで、ずっと無垢でやってきたのに、そこに入って、無垢じゃない仕事やるのはどうなのかって凄い悩んでて、

すぐにでも来てくれって言われたんですけど、凄い悩んでいたので「1ヶ月位待って貰えませんか?」ってお願いして、待って頂いたんです。

 

親に相談しても、親は就職しといた方が良いぞって言うんですよ。やっぱり。

で、迷いながらも、そこに就職しようと決めて、家を探しに行って、良い物件も有ったので決めて来たんですよね。

で、実際に行く1週間前になって

「やっぱりやめよう」と思って(笑)

電話して「やっぱり、辞退させて下さい」って。

 

それが、28歳の時ですね。

実は、内心ドキドキでした

で、断ってから、これからどうしようと思って、やはり独立する為には資金を貯めないといけないと思いました。

また造園会社で、半年くらい働いて、取り敢えずまとまったお金を貯めたんです。

 

まずは、工房の場所探しをしないといけないって事で、結構色々探したんですね。

でも、ここがずっとシャッターが降りてるのは知っていたので、大家さんを探して、格安で借りる事が出来たんです。

でも、電気・水道は通って無かったんですけどね。

 

場所は決まったんで、次は、加工する機械ですよね。

機械が、高いんですよね。普通100万位掛かります。

で、どうしようかなーと思いながら、1ヶ月くらい経った頃、師匠から電話が有ったんです。

近くの工房の人が辞めるから、機械要らないかって。

1台、15,000円で一式、全部売ってくれたんです。

激安です。基本、ついてるんですよね。

 

でもその時は、内心ドキドキしてたんですよ。

これを入れたら、本当に俺は独立しないといけないって(笑)

「ラッキー!」とは素直に思えなかったんですよね。

不安が大きくて。売り先も全くあてがなかったですし。

 

最初は、師匠の仕事のフォトフレームに付ける鳥を作る手伝いでスタートして、

それから、知り合いからローテーブル作ってくれとか、それをこなしていって、

でもそんなの1、2件しかないから、すぐに終わっちゃうじゃないですか。

そんなのじゃ、食っていけないから、その時は、夜、居酒屋でバイトしてましたね。

 

独立後、初めて出店したイベントで、小物を5点くらい作って持って行ったんです。

そしたら、自分が思っていたよりも売れちゃって、「これ、何とかなるかも」と思いました。

 

それから、徐々にイベント出たりして、注文とかも入る様になって、で何とか3年間来ました。

 

2年前に山口のクラフトフェアに出店して、そこでのご縁から最近はデパート等にも出させて貰ってます。

お店の看板も作ってます。

看板は、彫ってますね。

彫り物も好きなんです。

家具はコンマ単位の精度が必要だけど、看板は自由だから楽しい。

看板のフチの形とかを考えるのが好きです。

 

どうやって彫ってどこを残すかとか。

これからは、そういうものをどんどん作っていきたいです。

家具も作りたいんですけど、時計とかもっと広い板で大きく作りたい。

 

そういう中で、彫り物で、自分の世界を表していって、ちょっと時間を掛けて作りたい。

基本、飽き性なのかも。

そんな自分だから、時間を掛けて作ってみたいんです。

 

部屋の壁に、大きく彫り物が有って、それにちょっと時計がついてる様なイメージ。

今作ってる様な、ちゃんとした時計って感じじゃなくて、オブジェに時計がちょこっと付いてる感じですかね。

 

【自分はアーティストなのか、職人なのかっていうのは有ります?】

 

特に意識はしてないですけど、アーティストではないですね。

でも徐々に変わっていきたいとは思ってます。

特に美大を出たわけでもないし、芸術とかそういう部分に触れた事も無いから、今は、出展とかして良い物見ていってるから、徐々に変わっていくんじゃないかなと。

 

家具は好きで、作りたいって思うんですよね。

家具なんて、直線で作れば、凄く簡単じゃないですか?

でもそれは、自分で作ってて面白くないんですよね。

 

『曲線を繋ぎたい』っていうのが自分の中に有るんです。

 

「曲線を繋ぎたい」

calmは関門海峡の原風景

既製品を作るのが嫌いなんですよね。

作っていても自分で面白く無いし、ありふれているから。

 

その人の色が出てないと、厳しいと思うんですよね。

そこは気を付けてやろうと思ってます。

 

【calm(カーム)の名前の由来は?】

calmには、凪(なぎ)っていう意味が有ります。

小さい頃から唐戸周辺に住んでるんで、ずっと海峡を見て育ちました。いつもは流れが速い関門海峡でも、たまに凪の時があるんですよ。

その凪の風景が好きで。

 

【地域に依って売れ方は違う?】

結構、全国的に色々な土地で、展示会に出させて貰ってますが、場所に依って、やはり反応が全く違います。

 

下関は、とにかく、地元愛が凄いですね。

下関でやってると言うと、凄いビックリされますけど、喜んで応援してくれます。

あまり、やってる人が少ないですしね。

 

大阪・福岡・名古屋・広島等々、大都市圏でもやりますが、山口のお客様は、そういった地域の方よりも目が肥えてる感じがするし、作りもちゃんと見てくれてますね。

 

山口は、歴史的な関係なのか、やはり、文化的な素養が高い気がします。

 

まだまだ、先は長いですが、自分の作ってるものに責任を持ち、これからも日々作り続けます。

師匠に恥をかかせたくないし、越えないと。

だから、頑張って精進します。

[Interviewer]Tsugu

[Photo&Editor]YASUMURO

【calm】

 代表 坂本 祐樹

 Facebook:https://www.facebook.com/cobocalm/

 URL:http://www.cobocalm.com/

 ADDRESS:山口県下関市田中町12-20

 

 *工房に不在の場合や、展示会後で在庫がまったく無い場合

  もありますので、ご訪問を希望される際はFBで、ご連絡下さい。